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No.5-081 増山城 - とやまの城


  '10/03/29

とやまの文化財百選「とやまのお城」
とやまの文化財百選「とやまのお城」
県史跡(昭和40年) 
所在地

砺波市増山

立地 丘陵頂部、標高120m
遺構 曲輪、土塁、堀、虎口、土橋、櫓台
規模 1000m×900m(増山城)
城主 神保長職、上杉氏、佐々氏、中川光重
時期 戦国、近世初頭
 和田川右岸の丘陵上に築かれている。西側は和田川、南から東側にかけては深い谷で守られる。松倉城、守山城と並び「越中三大山城」と称される。本格的な築城は、16世紀前半の神保長職期である。上杉謙信が永禄3年(1560)富山城を攻め、長職は増山城に逃れるが、ついには落ち延びていった。天正4年(1576)謙信に攻略され、上杉氏の支城となったが、天正9年(1581)、織田方の手に落ち、佐々成政の支城となった。成政降伏後は、前田利家の娘婿中川光重が居城した。廃城は慶長年間(1596〜1615)と考えられる。増山は最盛期の成政期に本体の増山城を中心として北側の山続きに屋敷跡、さらに亀山・孫次山などの出城から成る広い城郭群を形成しており、西側の和田川左岸には城下町も存在した。
 

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