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テレビ放送講座 平成12年度テキスト「第5回 民謡と方言」


 富山県民生涯学習カレッジ本部   '01/02/17

TOP 第5回 民謡と方言 蓑島 良二

ふるさとに謡ありて 〜富山の民謡〜 越中民謡が西から流入したものを根幹に持つとする見方があるようだが、単に民謡の問題だけではなく、さまざまな暮らしぶりにも上方文化が色濃く投影している。
 親不知(おやしらず)という交通の難所があり、藩政時代には越後の人との結婚が許されなかったという歴史的背景などもあって、生活圏が分断されたことから、富山が西部方言の東限と位置づけされることは十分にうなずける。
 しかし、北前船の中継地として、また売薬の事業や北洋漁業などを通じて各地との交流もあったわけで、北陸道の行き止まりのようなこの地方が、さまざまな文化を咀嚼しながら独自の言語文化を醸成させたと見るべきであろう。
 また、古事記・万葉集をはじめ古典文学などに登場する語彙(ごい)が富山方言の中に散見され、地方に古語が残るという方言研究での定説を裏付けている。そして、出雲方言と我々のことばに共通項が多いのは、古代からの交流の歴史とともに、民謡の伝播ルートを物語るものなのかもしれない。
 200を超える富山県民謡のほとんどが地元の自然発生的なものではなく、海路・陸路を通じてもたらされたものだとする見方が一般的である。そして、五箇山民謡の一つ「古代神」が新潟県十日町の「お助踊り」の伝承であり、県内各地に広く分布する「荷方節」も越後から伝わったものらしいという記述もみられる。(『とやまの民俗芸能』伊藤曙覽)
 新潟県境付近に東西方言の対立があると述べたが、例外的なケースとして「…サカイ(…だから)」という関西方言は、「サケ」「スケ」「ハケ」などと転訛(てんか)しながら日本海を北上し、津軽から岩手県北部にまで到達している。まして民謡の世界では方位的な仕分けは考えられないだろうし、歌い継がれた長い年月の間に地元のことばに裏打ちされ馴化(じゅんか)しているので、単にアクセントや語彙の面からそのルーツを手繰ることは困難である。もちろん、題名・文言・曲調などからの推論が重ねられてきている。
 今回は、音声資料(♪)とともに、それによって書き起こされた歌詞の方言語彙を取り上げ、分布などについての考証を試みることとする。(< >は分布。『小学館の日本方言大辞典』に拠る)
さんさい踊り 富山市 
♪…いちゃけ のこらず あいらしや
イチャケ  古語「いたいけ(かわいらしいさま。可憐な様子)」の転。(京都・福井・石川・富山)
♪…ジョウセン 買(こ)うてもろて…
ジョーセン  「地黄煎飴(水飴)」。<関東以西>ジョーセンは関西系訛言。
♪…しょーらい まかのて…
ショーライ  「精霊(しょうりょう)迎え火」のこと。各地に迎え火の風習はあるが、松明(たいまつ)を振りかざして呪文のように唱えるのは富山市中心。発声的には「招来」のように聞こえる。<富山>
マカノー  「まかなう(用意する・やりくりする)」の音便。
♪じしろがそろた…
ジシロ  地白(白地の布。白無垢)。
方言としては「浴衣地」の意味で青森・津軽地方にある。また、
♪…紺屋が焼けて盆のカタビラ(湯帷子の略)白で着た…と歌われており、昔の浴衣は染めに出したことが分かる。
このことは、おわら節の古謡にも、
♪盆のカタビラ白で着しょう…
♪浅黄染めとはオワラ藍足らぬ…
などと歌われていて、昔の踊り手の浴衣へのこだわりなどが窺(うかが)い知れる。
♪るすごとせまいか…
ルスゴト  「留守事(主人の留守にご馳走を作って食べたり、人を招いて振る舞ったりすること)」。<佐渡・彦根・山口・福岡>などに分布するが、足利期の『看聞日記』など、古典にも登場する。
♪…島の徳平の よめ 見まいか
マイカ  特徴的な富山方言は…マイケ。
マイカの語形は中部・関西以西で広く使われてきた。♪「目こそへがなれ」は「斜視だけれど」の意味で、美人の嫁さんをやっかんでいるようだ。
田植え歌 新川地方
 中世歌謡の姿を留めるといわれる田植え歌が多い新川地方。〔注〕田植え歌の主流は近世になって、七・七・七・五と定型化した。(『とやまの民俗芸能』)
 入善町のものに次の一節がある。
♪田ろじのあねまが、どれがそうじや…
♪田ろじのでゃさまが、酒好きで…
タロジ  「田主(たあるじ)」の転で、(1)農作業の中心となる人のこと。田植えに苗を配る人。<栃木・愛知>(2)主人。<長野諏訪>など。平安期『栄花物語・御裳着(おんもぎ)』に「田あるじといふ翁」として登場する。
デャサマ  他人の妻の尊称。黒東地方の呼び方。県内一円はジャーマ(卑称)が主流をなしている。
 断定・強調・命令などを表す助動詞の「…だ」に相当するのは、県西部は「ジャ」または「ヤ」、中部は「ヤ」または「ダ」であるのに対して、東部は「デャ」という発音が中心。その傾向が「デャサマ/デャーサマ」にも出ているようだ。
田植え歌 宇奈月町
 「シデの木」が詠みこまれている。これは「椎(しい)の木」 の新潟方言で、
♪越後のげやの橋、だりゃ架けた…
の歌詞とともに越後からの伝来を示す証左。しかし、どこからの移入であるにせよ、同じ歌の一節、
♪田のじの嬶マはベショじゃそうな…
♪田のじの兄マはダラじゃそうな…
をみると、ベショ(バカ女)は最も強烈な卑称で、ダラ(愚か者)とともに生粋の黒東方言で歌われていることに注目したい。また、「タロジ(田主)」はさらに訛(なま)って「タノジ」と変化している。
 また、この一連や入善町の唄に「花がサス(咲く)」と歌われているのは関西方言の特徴である。
 ことばを重ねれば、ルーツの如何によらず、その土地のことばで歌い継がれることによって、初めて郷土民謡ということになるのではないだろうか。
はたおり唄
 かつて製糸業が盛んだった東部の黒部・上市、西部の福野・福光・城端・五箇山などに、糸くり唄が多い。その一つ、
糸ひき唄 黒部市
♪あねまどこへいかす きんばたおりに おらもいきたや くだまきに ブンブンブン
アネマ 若い女性。
キンバタオリ 絹機織りの転。
イカス 行かれるの意味。語尾の「ス」は古語の助動詞(親愛・尊敬)で、下新川地方の方言の特徴を示す。
クダマキ (糸車の莞(くだ)を巻く音がブウブウと音を立てることに結びつけ)酒に酔ってくどくどいう意味なのだが、上方の紡績工場へ出稼ぎにゆく娘たちに対する「口説きごと」なのだ。屈折した若者の気持ちが、ブンブンブンという莞(くだ)巻きの擬音語に出ていて面白い。
手投げ機(はた) 城端町
♪うたは百ありゃ九十八まで色のまじらぬうたはない
などと、機織り娘を中心に置き、若者たちの「性」を明るく歌いあげている。
♪人の殿とるわしゃ悪けれど とられるあんねゃまの かいしょなし
浮気をして開き直っている。アンニャマに注目。富山市周辺のアンニャ(おまえ・貴様)の元になる訛言で、五箇山地方ではアンニャが敬語に近いことばとして使われているので興味深い。
また、機織りを企業化した先駆者が福井から機械と技術を導入したという背景があり、
はたおり唄 福野町
♪チョイナチョイナはどこから流行る
 これは越前福井から
の文言に納得させられる。しかし、この一連はすべて砺波方言である。
♪おっさまよいとは いかがなことじゃ  おっさま新家新所帯
オッサマ 次男以下の男子。越中と加賀のことば。また、新家は、アラヤと読めば福井方言で、アライベないしはシンタクだとすれば富山方言となる。
題名は不詳だが、同じ福野町に、
♪腹が立ったらうたでもうたえ うたは苦界の理をつめる
「理をツメル」の意味がよくわからないが、苦界は公界ではないだろうか。世間の義理やしがらみのこと。それをしのぐことができると取るべきか。公界に立つ(役に立つ)・公界に立たん(世間しらず)・公界餅(つけとどけの餅)など、砺波地方ではよく使われてきたことば。
♪御坊の坊やさ罰あたらぬか 上がる御仏供にととそえて
真宗王国といわれる富山。そのお寺で、オブク(仏飯)のお下がりに魚のおかずというのは穏やかでない。生臭坊主の若はんを皮肉たっぷりに歌いあげてのうっぷん晴らしだろう。別の唄のサンマイ(三昧=火葬場)などとともに富山方言が随所に散りばめられている。
布施谷節(ふせんたんぶし) 黒部市・魚津市
 能登の業者が船で鮮魚を魚津へ運び、振り売り(天秤棒で担いで売り歩く)しながら歌ったのが、伝来のルーツだという。歌詞は農耕・機織りなどの作業唄が多く、恋歌などもあるが、信仰に関する次の1首を引く。
♪寺にまいっらっせんかわが師匠寺へ 四升に一升足しゃ五升になる
 師匠寺は、菩提寺のこと。師匠と四升はかけことば。五升は「後生(来世)」に通じ、信心深い人を「後生願い」といってきた。これに類するものは越中おわら節にもあるようだが、方言としてみれば気になる箇所がある。
 字数の上から、師匠寺はシショーと歌うのだろうか。富山では、住職のことを「オッショハン(師匠)」と呼ぶが、シショージとは言わぬ。ところが、岐阜(シショーデラ)や島根(シショージ=美濃郡・益田市)でも菩提寺の意味で使われているようだ。語源については「僧侶が師匠となって寺子屋を開いたことから」(『島根県方言辞典』)があり、当地では「仏道の師僧=お師匠」とみられている。
 マイッラッセンカ(お参りしませんか)の原型、マイラッセル(お参りになる)は愛知・岐阜の用法である。魚津・黒部では「参る」の敬語表現は「参らす」となるが、この場合の言い方だと「マイラッセンカ」は「マイラッシャランカ」になるのでないだろうか。
 布施谷節が能登からの伝来だとしても歌詞の文言には若干の違和感がある。
小代神(しょうだいじん) 平村
♪聞いてサーエ やりたい子守の口説き
一つ他人より早よ起きにゃならぬ  二つ双生児の子守にゃ困る  三つ見ん間に池やせんちゃ(雪隠)囲炉裡の壷や湯鍋や石垣 危い所へ這うて行くにゃ困る  四つ夜なべに椀皿洗いや 素風呂の火とり雑仕せにゃならぬ  五つ何時もかも 食いさし残りや こぼいた飯拾うて食わにゃならぬ  六つ無理を言わずに 気長にかって歌でもうとたり 何でも喋ってだましてすかしてなだめにゃならぬ  七つ泣き声一つで腹が減ったか お腹が痛いか 虫が刺したか おしめが濡れたか 眠たて泣くのか聞き分けにゃならぬ  八つ痩せた子 おとみ子 いがんで泣いたり甘えて駄々こね やんちゃまくのに困る  九つ氷の寒中おしめ洗いや つづれのバットコ洗い干しに困る  十はとても辛抱は難しゅうござる 生まれ里へ返ろうと思う サーエ  
雪隠  せっちん→センチャ→ヘンチャと転訛。便所のこと。
素風呂  「据え風呂」の転。す風呂。
おとみ子  年子でなくても、次の子ができると、上の子がかまってもらえなかったり、お乳がもらえなくてぐずついたり、体調を崩すこと。乙見患い。
バットコ  (綴れ織り)綿入れの半纏(はんてん)。
 この唄は「子守の愚痴」にことよせ、子育ての苦労を女性の側から訴えた口説き節である。ことば自体のあしらいは練れたものではないが、深みのある方言で切々と歌いあげており、貧しかった農山村の暮らしぶりが背後に見え隠れして心に沁(し)みる。
 老人がバスを降りようとして、しきりに何かを探している。足元に小銭入れが落ちているので声をかけると、「こりゃ気の毒な。おらが探ねとるがに…財布も返事してくれりゃいいがに」という返事が笑顔とともに返ってきた。車内は明るい笑いに包まれた。巧まざるユーモアと心温まる方言との出会いである。
 簡明なことばで意思を伝える。言いやすい方へ訛る。相手をソフトに包みこむ。そんな方言の特性が民謡の中には十二分に盛り込まれている。
 富山方言の「ガ行」の多くは鼻濁音になり、やわらかい。また、さまざまなことばが音便変化してしなやかな風合いを生む。「返事してくれりゃいいがに」といったバスの老人の「口説き」も民謡の要素の一つである。
 越中おわら節の歌詞には共通語の語句が多いといっても、お囃子は格別だ。
♪うたわれよ− わしゃはやす
 「歌われよ(歌いなさい)」というのは尊敬の助動詞「れる」の命令形「れ」+助詞「よ」が付いたもの。敬語なら「歌われませ」となる。江戸時代までは全国で使われていたが消滅した。富山県と岡山県にだけ残る珍しい語法で、親しみをこめた独特の言い回しである。このイントロで、歌い手と囃子方の心は一つになる。
 伝播ルートがどうであれ、元歌の歌詞がどうであれ、在所のことばで歌われてこそ「郷土の民謡」なのである。
♪来る春風氷がとける 嬉しや気ままに オワラ開く梅
                     
(歌詞は原文のまま引用しました。)
(みのしま りょうじ・方言研究家)
−平成13年2月17日放送−
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