2018年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

富山県民生涯学習カレッジ本部 TOP > テレビ放送講座 テキスト一覧  >  テレビ放送講座 テキスト詳細

テレビ放送講座 平成5年度テキスト「第8回 お祭り考現学 〜現代人の祈りと感謝〜」


 富山県民生涯学習カレッジ本部

TOP 第8回 お祭り考現学 〜現代人の祈りと感謝〜 米原 寛

新しい祭り・イベント
 毎日の新聞、そしてテレビの地元ニュースのおよそ半分がイベントの紹介で占められています。また私たち自身も月に何回かは企業や団体、趣味のグループ、そして地域のイベントに参加し、ふれあいを楽しむという忙しい日々を送っています。
 イベントというのは、一定の目的のために日時、場所を定めて集う行事のことをいいますが、催事ともいいます。広い意味では宗教や政治活動まで含まれますが、ここでは地域での必ずしも営利を目的としない催事を中心に考えてみたいと思います。
 戦後のめまぐるしい世相の変化は、ますますそのテンポを早めています。日本の人口の半分が働き、そのうちの90パーセントが給料をもらう生活です。つまりほとんどの人が会社人間といっていいでしょう。
 経済的な豊かさと相まって、地域の連帯感、コミュニティ意識はどんどん薄まってきました。富山も例外ではありません。地域の人間関係のわずらわしさから逃れて都市へ流れる若い人もたくさんいます。その分、企業や組織が連帯意識を高めるための手段として、日本の伝統的な祭りの知恵を転用して生れたのがイベントであり、外に向けて販売促進のために発達したのが企業イベントです。
 世帯当たりの年収が日本でトップクラスになった富山の場合、その失ってきた地域の心とでもいうべき連帯のイベントに取り組むのも全国に先駆けて早かった。
 復興の証として博覧会が計画され、地域の活力を表現するために観光イベントが生まれてきました。富山の元気さを証明する祭りとしてますます盛んになってきました。
 伝統的な祭礼と現代の新しい祭りの決定的な違いは「依代(よりしろ)」の有無です。つまり神様の不在です。地域の新しい祭りには行政・自治体が何らかの形で参画しています。そのため神事はタブーになります。しかし、古来より政治は「まつりごと」と徹されてきたように、本来不可分の世界です。
 そこで登場したのが「地域活性化」という大儀名分と、平和で豊かな日々への感謝の心の表現です。地域や職場、家族の心の結びつきを再構築しようという願いこそ、現代の依代ではないでしょうか。
 そして成功している新しいイベントの内容を分析してみると、伝統的な祭りのシナリオとぴったり重なるのが不思議です。
観光とまつり
 地域のイメージアップと集客のための観光イベントに、戦後最も早く企画され、今日まで続いているものに、城端町のむぎや祭りと、富山市のチンドンコンクールがあげられましょう。
 城端町の場合、後背地の上平村、平村との経済的文化的結びつきの深さから生れています。ステージも善徳寺境内という、心の空間を巧みに利用しています。地元と五箇山の民謡と踊りが、たそがれから夜への時間変化とともに観客を酔わせる舞台は、寺院がかつての民衆の文化ホールであったことをしのばせてくれます。臨時列車が増発され、駅のホームを麦屋節の踊りで客を見送るという心くばりが好評でした。
 このような観光イベントがいち早く生まれたのも、伝統的な曳山祭りが素地にあったから町民の心をひとつに出来たのかもしれません。
 富山市のチンドンコンクールの場合、昭和30年4月に第1回が開かれ、今日に続いています。前年の産業大博覧会の熱気が、このアイデアを生んだのでしょう。全国にも類例のない特異なイベントとして富山市の顔のひとつになりました。昨今は各地で路上パフォーマンス、大道芸が人気を呼んでいますが、華やかで人間くさくて、どこか哀しさもただよう心のふれあいが魅力なのでしょう。年に1度全国から集うパフォーマーたちにとって、富山が心のふるさとになっています。イベントの発想だけでなく、演ずる人たちをもてなし、世話を続けてきた関係者の努力はもっと評価されてもよいと思います。
 昭和58年の春から、「いい人いい味いきいき富山」のキャッチフレーズでいきいき富山観光キャンペーンが始まりました。その中心は、県内の200を超える各種イベントを内外に紹介することです。
 既存の祭りや新鋭のイベントも集大成され、この10年余りで観光客が2倍になったという全国でも珍しい実績をあげています。イベントによる富山のイメージづくりと地域活性化のきっかけになりました。
 豊かな自然や味覚、文化などの観光資源を有しながら、富山の存在感がいまひとつ薄い。その富山の魅力を県民さえ充分認識していません。それを観光客の目で評価してもらうための作戦ともいえるでしょう。
 また、この置県100年を記念して生まれたイベントに、高岡市の「日本海なべ祭り」があります。銅器やアルミの地場産業では日本一の実力がありながら、高岡のイメージが薄いことから、銅やアルミで作ったジャンボ鍋で、冬の日本海の味覚を楽しもうというアイデアです。
 いざ祭りが始まると、鍋の前は1時間待ちの行列で、冬の古城公園へはじめて来たという市民の圧倒的支持を受けました。
イベント村・利賀
 富山は知らないが、利賀村なら知っているという人が増えています。人口千人余りの過疎の村で、村の97パーセントが山林、4メートルも積もる豪雪地帯、かつてはソバぐらいしか穫れないところでした。
 それが世界の利賀に変身してしまったのは、現代の祭り・イベントの手法を使ったむらおこしのためです。
 きっかけは、村を訪れた人形劇の水田外史さんや画家の金沢佑光さん、そして東京の宝仙学園短大の若い娘さん達でした。合掌造り家屋を移築した合掌文化村をアトリエにしながら、文化によるむらおこしが進められました。
 決定的な出来事は、東京の早稲田小劇場(現在は劇団SCOT)を率いる鈴木忠志さんの活動です。世界演劇祭の開催で1夜で利賀を世界の利賀にしてしまいました。文化は東京だけでないという強烈なメッセージは、村民にも自信と誇りを持つ機会となったようです。
 この村では、冬は完全に孤立しました。そして雪深い冬の一日、集落ごとに集う「そば会」が続けられてきました。みんなでそば粉を持ち寄り、打って、食べる。五箇山民謡を楽しむという、手づくりミニイベントでした。
 昭和61年2月、4メートルの雪の中で第1回利賀そば祭りが開かれました。そば粉100パーセントの手打そばの味を求めて、予想の10倍近いファンが殺到し、小さな村はパニック状態になりました。
 会場の向かいのグランドでは、30もの大雪像が作られ、夜の照明で幻想的な光景が演出されました。実は、この事業は全国で初めて制定された、富山県雪条例の「雪を克服し、雪と親しみ、楽しむ」という主旨から実施されたものです。
 過疎の原因となった雪、そしてソバぐらいしか無い。それを逆転の発想で現代の祭の形に演出した村の智恵は、見事という外ありません。この時に商工会として「むらおこし事業」も併せてすすめられましたが、そのテーマは「一流の素朴さでもてなす」でした。山奥の田舎だから、粗野でもいいのではという甘えはそこにはありません。
 そんなにソバに人気があるのなら、ソバの博物館を作ろうやという、当時の野原村長の提案で、そばの郷が誕生しました。その資料集めということで、ソバのふるさとのネパール・ツクチェ村へ、新しい宮崎村長を団長として友好調査団が派遣されました。そのプロセスが全国に流されましたが、村の戦略の面白いところは、計画段階からすでにイベントに組み込まれていることです。
 苦労してたどり着いた村でのカルチャーショックは、ゴンパと呼ばれるチベット仏教寺院のマンダラ画でした。それを描いた画僧サシ・ドージ・トラチャン氏と出会い、村へ招いてとうとう「瞑想の郷」まで作ってしまいます。
 ソバ文化へのこだわりは、平成4年夏の「世界そば博覧会」にまで発展します。第1回ジャパンエキスポとやまを支援するネットワークイベントとして位置づけられましたが、村民の120倍の客を集めてしまいました。
 その結果として、新しい施設が整備され、有償ボランティアの若い利賀ファンクラブが生まれ、都会から村へ就職する一流大学出の若者も出てきました。
 イベントは、あくまで手段だと割り切りながらも、アイデアから実施まで村民の智恵と汗でまかない、村民みずからも楽しむ姿勢に、その秘密を学ぼうと全国から視察団がやってきます。村の課題は、イベントだけで解決できるほど容易ではありませんが、この数年で若者から高齢者まで、表情が見違えるほど明るくなったという意見がよく聞くかれます。
イベント誕生裏ばなし
 楽しくなければイベントでない。それがイベントによる地域活性化と人材育成のプロジェクトである、富山県コロンブス計画の哲学?です。一方県内の新しいイベントが生まれる動機にも楽しい事情が秘められています。
  • 井口村の椿まつり
     南砺波地方でただ一つの村、井口。五箇3村と比較しても、その存在感の無さが村の悩みでした。人口も1,300人余り。国道を井波から城端へ向かう途中、この村をあっという間に通り過ぎてしまいます。
     3年前にむらおこし事業に取り組みましたが、そのテーマに困ってしまいました。井口村はとても豊かで絵になる美しい農村です。大きな工場はありませんが、隣接するどの町へも簡単に働きに出かけられます。世帯収入が大きく、県内で一番白壁土蔵の多いところです。村おこしが必要ないのです。
     村民の約2割の人が集まって智恵をしぼりました。その席で、村の花、椿にこだわろう。高齢者も若い人も、みんなで椿を植えようと提案が出され、村民の中に座っていた村会議長が立ち上がり、ぜひそのための予算を要求したいと発言しました。同じく1村民として座っていた村長が、やおら立ち上って、それは面白い、ぜひ実現させようではないかと応じて、村民の大拍手につつまれました。
     以来、伊豆大島や全国の椿の名所をたずね、競って苗を育て、椿まつりをはじめたところ、3万人を集めるイベントになってしまいました。村民の椿についての知識の豊かさと打ち込み方は驚くほどです。
  • 大山町花見の宴
     常願寺川左岸、上滝には佐々成政ゆかりの堤防と用水があり、500メートルの桜並木が有名です。商工会青年部の有志が花見イベントを企画しましたが、用水脇の細長い桜並木ではどうしようもありません。
     そこで成政にあやかって、時代絵巻の花見の宴とし、紅白の幔幕20小間で趣向を擬らしたグループ参加の競技にしました。つまり、「見る花見」から「見られる花見」とし、パフォーマンス点の外に通行する人をいかにもてなすかを点数に加えました。審査員たちへ飲食のもてなし(買収)を公認したため、真っ先に審査員が酔っぱらってしまい、採点の集計に苦労しました。
  • 大門町の凧まつり
     庄川の河川敷を利用した、大門町の凧まつりは、7万人を集める堂々たるイベントに成長し、全国はもとより、海外にまで遠征するほどです。しかし最初は、子どもたちに凧づくりを教える親子のふれあい行事から始まったそうです。
     このイベントの唯一の悩みは風。強風でも無風でも揚げられません。ひたすらいい風を待つだけの時があります。商工会の青年部と婦人部の懇親会の席で、その話題になり、揚げるタコがあるのなら、食べるタコがあってもいいではないかということになり、それぞれの部会が生まれてさっそく活動を開始しました。
     全国からタコ焼名人を招き、凧まつり会場にコーナーを設けたところ、どの店も1時間待ちの行列となりました。タコ焼を食べながら空に舞う大凧をながめるコントラストはのどかで何ともほほ笑ましい。以来町民が明石のタコ料理研修に出かけ、婦人会がタコ踊りを練習するところまでタコを楽しんでいます。
  • 小杉町の子どもみこし
     太閤山団地がどんどん大きくなって、旧町部と新旧ふたつの街になってしまった小杉町。みんなでひとつのみこしをかつげないものかと悩んだ三上町長は、町制百周年を機会に、百の町内会総参加による、それこそ「みこし」祭りを提案しました。子どもが主役の創作みこしですが、つい親の方が熱くなることもあるそうです。今ではすっかり町の顔です。
  • 高岡市万葉朗唱の会
     とやまを面白くする、イベントシナリオが全国に公募されました(富山県コロンブス計画)。400点の中でかろうじてベスト10に残ったアイデアに、3昼夜ひたすら万葉集全20巻を朗唱するという、千田篤さん(公認会計士、富山市)の作品がありました。
     あまりの単純さとばかばかしさと、不思議なユーモアが審査員を悩ませましたが、高岡のイベント仕掛人集団、ひやくの会が聞きつけて、華麗なイベントに実現させてしまいました。
地域の心をひとつに
 まじめで、ひたすらがんばる、原日本人のような富山県民にも、確実に変化が生まれています。高度成長期のサラリーマン化の中で失ってきたもの、それは地域の心の結びつきでした。住みやすく心の充足感のある生活環境づくりや、子どもを育てるなど、地域の総合的な文化力とでもいうようなコミュニティ意識を醸成することの大切さに気付いてきました。
 ところが現代のように価値観が多様化し、生活様式も変化すると、伝統的な祭りだけでは地域の連帯感を育むには限界があります。そこから新しい祭りが生まれる可能性が出てきます。
 また自治体が新しい事業を展開しようとするときに、地域住民の多様なニーズに応えながら同意を得る手続きが欠かせません。その場合にも、コミュニケーションの手段として地域イベントはまたとない機会です。まさに「まつりごと」の原点でしょう。
 現代の祭り・イベントが生み出す最大の効果は、新しいタイプの地域リーダーが育つことです。学歴も職業もまったく関係ありません。イベントの企画や運営の過程を通じて、周囲の信頼を集め、地域に貢献する若い人の姿を見ていると、この富山もまんざらでもないなという、さわやかな感慨を持つときがあります。
(おくの たつお・元㈱電通富山支社次長 現福光美術館長、(社)日本イベント産業振興協会イベント業務管理者)
−平成6年3月19日放送−
※ 著者の役職名は、放送日現在で表示しています
お問合わせ お問い合わせ
富山県民生涯学習カレッジ本部
 Tel 076-441-8401
 Fax 076-441-6157
リンクの際は、こちらのURLをご利用ください。
 トップページへ  このページの先頭へ   前のページへ