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テレビ放送講座 平成2年度テキスト「第4回 幻の滝音がこだまする・黒部川」


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TOP 第4回 幻の滝音がこだまする・黒部川 長井 真隆

 黒部川は全長約85キロメートル。鷲羽岳(2,924メートル)に源をもち、立山連峰と後立山連峰の間の、黒部川断層を深く刻む。そして壮大な羽状集水域とV字谷を形成し、扇頂部の愛本で一気に開口して、わが国で最も典型的な扇状地を展開する。両岸際立つ黒部峡谷は、幽玄で、また四季折々の表情は素晴らしい。しかし、人の侵入をはばみ、「ホウ」と呼ばれる雪崩は人の命をも奪う。黒部の名は、その峡谷の絶景とともに厳しい峡谷として、あまりにも有名である。だが、黒部の自然は本当に厳しいのだろうか。
1.黒部の骨格と表情
 黒部の壮大な自然は、その位置と構造に深い関係がある。第一は黒部を含む北アルプス一帯が、北米プレートが沈み込むユーラシアプレートの最前線にあることである。そのため隆起が激しく、隆起は今なおつづいているという。第二は黒部は暖流の流れる日本海をはさんだ大陸の東岸、中緯度の山岳地帯だということである。このため降雪期や梅雨期の影響を強く受け、降水量は年4,000ミリ以上になる。その上、集水域は黒部川全流域682平方キロメートルの98パーセントを占め、扇頂部の平均年総流量は約29億トンにのぼる。第三は断層が走り、節理が多く、さらに地質は風化しやすい花崗岩だということである。
 山が隆起し、こうした地形・地質を膨大な降水が洗えば、おのずと谷の浸食が激しくなる。浸食速度は日本の平均の2倍以上あるという。黒部に滝が多いのも、そのためで、谷の浸食は流量の多い下流部で大きく、それに支谷の浸食が追いつかないのである。浸食された砂礫は、開口部の愛本で一気に放出され堆積する。
 黒部はこうして、わが国最深の懸谷と、典型的な扇状地を形成した。これを骨格にたとえれば、まぼろしの滝や、特徴的な植生、動物、また「ホウ」と呼ばれる表層雪崩などは黒部の顔であろう。表情を演出するのが、日光や雨風、あるいは冬の季節風などである。
2.黒部峡谷の姿 −黒部の厳しさと穏やかき−
 急峻な岸壁にクロベなどの針葉樹が、また堆積地にカエデなどの落葉樹が生育する。この針葉樹と落葉樹の混交が、黒部の特徴的な植生で、これが黒部の四季を彩る。こうした景観は実に見事であるが、黒部の断崖は今なお人をはばむ。冬には人命を一瞬にして呑んだ「ホウ」も発生する。また、黒部に挑戦した幾多の電源開発は歴史に残る難工事であった。黒部はこうして「厳しい谷」として、広く知られるに至ったのである。
ツガーユキグニミツバツツジ群集
海抜350〜600m 傾斜30°〜60°,岩地,
調査区数5,1959年調査
高  木  層常在度総合優占度
ツ     ガ 3,850
ス     ギ 1,100
ア カ シ デ 580
ミ ズ ナ ラ 570
ミ  ズ  メ 460
ブ     ナ 460
ヒトツバカエデ 220
ネ  ジ  キ 120
コ  ナ  ラ 1,250
低  木  層常在度総合優占度
ツ     ガ 700
ス     ギ 700
ヒトツバカエデ 330
コ  ナ  ラ 760
ミ ズ ナ ラ 460
ハウチワカエデ 140
オオイタヤメイゲツ 330
ア カ シ デ 330
ソ  ヨ  ゴ 220
マルバマンサク 1,250
ユキグニミツバツツジ 1,670
ホ ツ ツ ジ 1,560
ア ク シ バ 680
リ ョ ウ ブ 680
オオバクロモジ 330
ア オ ダ モ 140
草  木  層常在度総合優占度
イワウチワ 1,250
コカンスゲ 2,700
シンガシラ 1,310
ミヤマイタチシダ 400
ヤブソテツ 700
トリアシショウマ 460
雪崩災害の記録(建設省北陸建設局「黒部川のあゆみ」から)
場所年月日摘要
だし平 大正時代 右岸の雪崩としては唯一つのもの,大正年代で年月日不明、日本工業社員32人死亡
うど谷 昭和12年2月 長さ50mの橋梁が両端の橋脚から切断され,70トンの鉄橋が黒部川をこえて対岸の山腹にたたきつけられた
折尾谷 昭和13年2月 雪崩の負庄のためにズリ捨て横坑内のトロッコが暴走し人夫1名をひき殺した
志合谷 昭和13年12月27日 鉄筋1・2階,木造3・4階の半地下式宿舎の上部が約600m吹き飛ばされ奥鐘山の山腹にたたきつけられた 死者79名
阿曽原谷 昭和15年1月9日 木造6階合掌づくりの宿舎に雪崩でとんだブナの巨木が突入して火災を起こした 死者28名
だし平 昭和16年2月 25名生き埋め杉林全滅
竹原谷 昭和31年2月10日 右岸にあった飯場小屋雪崩のため倒壊 死者25名,非常手段として発電を停止して救助隊水路トンネルから救助に向った
雲切谷 昭和41年1月6日 人見平の合宿の窓ガラスを破った,雪崩の通路にはブナの倒木多く大石飛散

暖温帯性のツガ群落
 黒部の「厳しい谷」のイメージは、黒部の自然の見方までも変えた。たとえば海抜300メートルの森石から、800メートルの欅平の岸壁に生育する針葉樹は、谷が厳しいために亜高山性のコメツガが下降しているというのである。しかし、詳細に調査すると、それはなんと暖温帯性のツガである。ツガは中部地方の太平洋側から九州に分布し、北陸では福井県の若狭に2、3株あるだけで、黒部峡谷は北陸唯一の群生地である。
 厳しいとされる黒部に、どうしてツガ群落が発達しているのだろうか。南北に走る立山連峰が、北西の冬の季節風をさえぎり、黒部峡谷はその風背部に位置し谷が深くて、季節風が直接吹きつけないのである。また、深い谷はツガの幼苗に必要な湿気を保つのであろう。ツガ群落の存在は、黒部の穏やかな一面を指標する植生としてその意味は大きい。
多様な針葉樹
 黒部峡谷のこうした風背効果は、樹形や植物の種類にも見られる。冬の主風が激しく当たる立山連峰の稜線では、ハイマツの枝が脱落して裸になるが、一歩黒部峡谷に入ると、たとえば黒部川の源流、三俣蓮華のハイマツは、どの木も素直にのびている。また、オオシラビソ、トウヒ、コメツガなども同様で、20メートル以上の大木が見事な群落をつくり、実にゆったりとした景観を展開している。ブナ、タケカンバの林も素晴らしい。
 また、針葉樹は立山ではオオシラビソの単純群落であるが、黒部は樹種が多く、黒部湖上流域では内陸性のトウヒ、カラマツ、チョウセンゴヨウなども見られる。このほかヤナギラン、シナノナデシコなども見られる。
意外な気温と風速
 このような風背効果は、ロープウェイの運行や「ホウ」の発生、またサルやカモシカなどの生活にも関係する。峡谷の空を走る、ワンスパーン1,700メートルもあるロープウェイが、昭和45年開通以来、未だに風で運休したことがない。試みに風の強い日のデータをみると、昭和62年2月26日、立山室堂平が風速15メートル、気温が氷点下15度だが、黒部ダムは風速が4メートル、気温が氷点下7度。さらに下流の出し平は風速、気温ともにゼロを記録している。
 黒部のV字谷は、ちょうど垂直に立てた2枚の衝立のようなもので、外が吹雪でも内側はそれほどでない。立山連峰の峰々が吹雪に激しくさらされても、黒部の雪は静かに舞い降りる。河床の岩石に降り積もった白い冠雪はそれを物語る。厳冬の黒部でサルやカモシカが生活しているのもうなづける。また、表層雪崩の「ホウ」も、こうした風背効果による雪庇の発達や、雪質ともかかわっている。
 深くて急峻な黒部峡谷は、人の侵入をはばんできたが、同時に厳冬の季節風をもはばんできた。「厳しさ」と「穏やかさ」。この2面が黒部の本当の姿であろう。
3.扇状地の生物 −環境を指標する生き物−
 飛行機から見る黒部川扇状地は、富山湾に張りだす天然の扇のようで、その姿は実に素晴らしい。頂角約60度、長さ約14キロメートル、面積120平方キロメートル。勾配約100分の1。生物の主な生育域は、扇頂部の両岸と扇状地をはさんだ東西の河岸段丘の崖面、黒部川とその河川敷、および湧水河川である。
扇状地の植生
 扇頂部の愛本左岸にアカシデ群落や極相のウラジロガシ林が、また右岸にアカマツ−ユキバタツバキ群落がある。河岸段丘の崖面は、スギ植林とアカマツ・コナラ群落で、これにはユキツバキがある。愛本のウラジロガシ林と、下山神社の境内林は県の天然記念物になっている。
 河川敷は扇状地河川敷で、カワラハハコ群落、コマツナギ群落、アキグミ群落などが発達している。アキグミ群落はかつて河口までつづいていた。入善町墓ノ木公園には、安定した高木ヤナギ群落があり、コゴメヤナギが優占している。河ロ部にはガマ、ヒメガマを交えたヨシ群落がわずかに見られる。
扇状地の動物
 扇頂部および墓ノ木公園付近は、比較的鳥類が多く、アオゲラ、ヤマガラなどのほかオシドリも見られる。ニッコウムササビ、ニホンリスなどの哺乳動物も生活している。河川敷では国の天然記念物オジロワシも飛来してくる。また、河口付近は水鳥の群遊地として知られ、カモ、サギ類のほか、イソシギ、コチドリ、オオヨシキリなどが見られる。
 昆虫類は河川敷では、ゾウムシ類、コメツキ類の小甲虫が多い。また、墓ノ木公園付近などのコマツナギの群落では、これを食草とするミヤマシジミが多く見られる。清流の流れる用水路周辺にはゲンジボタルもしばしば見られる。
 魚類はアユ、サケ、サクラマス(ヤマ、アユカケ、カジカ、ヨシノボリ類のほか、河川敷の湧水水路にはトミヨが見られる。下流右岸に孵化場があり、魚類の保育に努めている。
湧水地帯の生物
 扇端部に弧状の湧水群が展開している。水温の変動が少なく、摂氏13度前後の清水が湧出している。湧水河川は、河川改修や汚濁で生物の生育域がせばめられているが、湧水口付近には、ヤナギゴケ、カワモズクなどのほか、沈水セリや、本来陸生のノチドメも水中にもぐっている。ミズハコベ、バイカモ、オランダガラシなども多い。初夏には紫の小花をつけたワスレナグサ群落は見事である。国の天然記念物・杉沢のサワスギも、湧水の溶存酸素を受けて生育している。
 魚類はフナ、スナヤツメ、ドジョウ類、ウキゴリ類などのほかトミヨがいる。春にはイトヨも海から産卵に上がる。
4.人の営み −水と大地と電力−
 人の生活域である扇状地は、黒部川のすさまじい営力によって、運搬、堆積されたところである。いわば氾濫を繰り返した黒部川の賜物であるが、それがまた、人が洪水と闘う宿命でもある。
 扇状地は、かつて「黒部四十八カ瀬」「いろは川」と呼ばれ、河床が定まらず、多くの脈流が流れ、人の往来をはばんだ。橋が初めて架けられたのは、扇頂部の愛本で、寛文2年(1662)のこと。両岸から丸太を延ばして組んだ、いわゆる刎橋で、天下の三奇橋の一つに数えられた。今は朱塗りの鉄橋だが、ここから合口用水をはじめ、人が営々とたずさわってきた扇状地が一望できる。
霞堤と散居
 人々は水の恩恵を受けながらも、その反面、度重なる大洪水で苦闘をしいられた。治水事業が政策的に行われるようになったのは、佐々成政がこの地を治めた天正(1573)のころからという。後に藩主前田利家が積極的に堤防工事を施し、今は建設省の管轄下で治水事業が進められる。今では河川敷を利用した運動公園など、昔を知る人にとっては、まさに隔世の感がある。そんな中で、氾濫に対処して考えられた「霞堤」が、今もいくつか残っている。昔の工法を知る上で、あるいは優れた河川景観として貴重な存在である。扇状地に展開する散居は、当時の脈流や微高地をうまく利用した面影として、また、屋敷林は総合的な農村文化の証として、その価値は高い。
水と人の営み
 黒部川は建設省の水質調査で清流河川、全国第2位にある。また、扇端部の弧状湧水群は環境庁の名水百選に選ばれている。ここ一帯は年間摂氏13度前後の清水が湧出し、夏場で9度のところもある。黒部市生地には、湧水を利用した共同洗い場がいくつもある。古くから日常の洗濯・炊事のほか、夏には水団子や西瓜を冷やし、秋に大根洗いもする。生地固有の風景としても親しまれている。
 水に恵まれた扇状地は、おいしい米と黒部西瓜やチューリップなどの産地である。また、近年、豊富な水と電力を使って、ファスナーやアルミ建材、金属、電気、化学、機械、食品産業などが発達し、流域13万余の人々の生活を支えている。その陰には氾濫と闘い、砂防や用水、水田開発、また電源開発などにいどんだ、先人の苦労と創造の累積がある。
黒部川利水の現況
種  別

地下水(千 m3/日)

表 流 水 (m3/S)備        考
農業用水 4.9 2.9% 86.290 12.6% かんがい面積7,994.2ha
水産業用水 0.028 0.0%  
工業用水 100.8 59.3%  
上水道用水 26.8 15.8% 0.043 0.0%  
雑用水 37.3 22.0% 0.127 0.0%  
発電用水 598.56 87.4% 建築物用水,消雪用水
169.8 100.0% 685.048 100.0% 最大出力953,530KW 16ヵ所
表流水:建設省資料 平成2年3月現在 地下水:富山県資料 昭和61年度調査による
 黒部川は河川改修、ダム、砂防などで今は静かである。だが、上流部はことあるごとに激しく崩壊し、その営カは衰えを見せない。黒部は生きているのである。一方、豊富で清冽な水にも、その量と自浄作用に限界がある。また、環境を潤す生態的機能も抑圧されている。「川と水と人」、その課題は今も大きい。
(ながい しんりゅう・富山大学教育学部教授)
−平成3年2月16日放送−
※ 著者の役職名は、放送日現在で表示しています
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