2018年1月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

富山県民生涯学習カレッジ本部 TOP > テレビ放送講座 テキスト一覧  >  テレビ放送講座 テキスト詳細

テレビ放送講座 平成8年度テキスト「第8回 川よ蘇れ」


 富山県民生涯学習カレッジ本部

TOP 第8回 川よ蘇れ 田中 晋

川と生きる 〜富山の川魚漁〜川と魚と人
 日本、特に富山の河川は、清冽な水を運んでくるというイメージがある。河川の水は、流域の人々の直接の飲料水となり、農業用水や工業用水として利用され、また電気エネルギーに変換されて、私達の生活に役立っている。
 豊かで透きとおった河川の水の中には、魚が群れをなして泳いでいることも忘れてはならない。日本がまだそれほど豊かではなく、高度経済成長の初期の段階にあった昭和30年代の終わり頃まで、河川の魚は流域の人達の大事な蛋白源でもあった。河川の魚を獲る専業の職漁師が活躍していたのも、この頃までである。
 職漁師が活躍していた時代は、まだ遊漁の釣り人の数も少なく、漁業者と魚の関係からみれば、河川の自然との調和がはかられていた時代でもあった。また、現代のような治水上の河川管理が行き届いていなかった代わりに、洪水で深くえぐられた大きな淵が存在し、多種多様な魚の共存できる環境があった。
 川魚漁で生計をたてている漁師は、当たり前のことではあるが、いつ頃どこにゆけばどのような魚が獲れるのかをきちんと把握しており、それを根こそぎ漁獲してしまうよようなことはしなかった。また、その河川や地域にあった特殊な漁法を編み出し、後代へと伝え残してきた川の文化の伝承者でもあった。
 漁業は、採取狩猟の時代の影をひきずっている。魚は自然に再生産する資源であり、乱獲や環境を破壊しなければ、人が手を加えなくても資源は存続してゆく。職漁師は、目先の利益だけにとらわれず、先々のことを考えて、漁業を営んできたといえる。
 ひるがえって、現代の河川と漁業はどうなっているのであろうか。各河川、また地域に内水面漁業協同組合(漁協)があり、漁業は漁協のもつ漁業権によって成り立っている。最近の農林統計によると、富山県における内水面漁業は、400トンから600トンの間にあり、サケ類がその大半を占めている。次に大きいのはアユ漁であるが、遊漁者の漁獲するアユの量が把握しにくく、全体の漁獲量ははっきりしない。
 農林統計による河川の総漁獲量は、昭和30年代後半には400トン弱あり、昭和40年代に入ると150トン〜250トンに減少している。この漁獲量の減少は、各種の公害問題が発生し、河川環境も急速に悪化した時代であったことを示している。また、漁業の中味も大きく変化する。フナ漁とアユ漁が中心で、次いでサクラマス漁の大きかった30年代から、漁獲量の減少した40年代をはさみ、アユ漁とサケ漁が中心となって、400トンを超える漁獲量へと復活する。ちなみに、サケは河口で漁獲され、採卵、受精、ふ化は人工的に行われて、河川の生態系の一員であるとは言い難い。またアユも大部分は琵琶湖産アユの放流に依存した状態である。
 昭和30年代には40トンほどあったサクラマスの漁獲量は、ここ数年5トン前後に落ち込んでおり、河川環境の悪化を裏付けた形となっている。サクラマスは春河川に溯上し、半年近く河川ですごした後、産卵するという生活史をたどるので、河川環境の悪化は直接生息量に反映するからである。
 本来、河川の占める空間は、職漁師の仕事の場であるとともに、地域の人達の憩いの場であり、子ども達の遊び場であった。水の中には多くの魚介(魚の他に、かに、えび、貝類等を含む総称)がおり、魚介を支える虫や植物も豊富であった。夏の暑い盛りに、川で魚や虫を追いかけた記憶をもつ人達の世代は次第に高齢化してきている。職漁師の伝統漁が廃れるだけではなく、子ども達が伝えてきた川での遊びも、すでに失われてしまったのではないかと思える。
川の生態系と魚
 川の自然とは本来どのようになっていたのであろうか。魚を中心に考えてみよう。魚の一生は、まず卵からふ化するところから始まる。ふ化した仔魚は、形がだんだん魚らしくなってゆき、稚魚、未成魚と発育してゆく。やがて成熟して成魚となり、産卵した後死んでゆくが、寿命や何回産卵するのかは魚種によってちがっている。
 この間、産卵場所、仔稚魚の成育場所、成魚の棲み場所などそれぞれちがっており、魚が生育してゆくためには、川の中にさまざまな環境のあることを必要としている。また魚は生育してゆくにつれて、食物を変えてゆく。魚の食物は、川に棲む多くの他の生物であり、これらの生物と複雑な関係をもって生活していることになる。川には魚だけが棲んでいるわけではなく、多くの他の生物の存在があってはじめて魚が生きてゆくことができる。一見単純そうにみえても、川の中の生物の関係は錯綜しており、複雑な生態系を構成していることを理解しておかねばならない。
 川には、水草や付着藻類などの植物が生育し、水生昆虫を主とした底生動物が藻類などを食べて生活している。魚はこれら藻類や底生動物を食べて生活するが、大形の魚類や鳥類に捕食される。生態系の中の生物相互の関係は微妙なものであり、どれかひとつの要素が欠けてもバランスが崩れて、魚の生活に大きなダメージを与えることになる。
川の自然の喪失と魚の減少
 長年、川魚漁に携わってきた人に話を聞くと、昔は魚が沢山いたが、今では本当に少なくなってしまったという答えが返ってくる。川に魚がいなくなった原因を探ると、川に多様な生物の棲める環境が失われ、川の生態系が単純化していることにゆきあたる。それは、ここ数十年の私達人間の生活の変化そのものに起因していると言わざるをえない。
 魚の減った直接の原因を列挙してみると、(1)各種ダムの建設による河川の分断、(2)農業用水、工業用水、上水道用水等の取水による流量の低下、(3)流路の直線化、堤防の補強や床固め等の治水工事、(4)工場排水や都市排水、ごみの投棄等による水質の悪化、(5)林道の建設による山腹の崩壊や水源林の伐採による山地での保水力の劣化、(6)釣り人による乱獲と外来魚の放流、等々となる。これらの原因は、ある場合は単独で、またある場合は相互に関係しあいながら、魚の棲む河川環境を悪くする方向に作用してきた。
 本来の河川は、山地に降った雨水が山肌を削り、深い谷間を作って流れ下る。全国的に急流河川の多いことで知られる富山県では、河川は山地を抜けたところに扇状地が形成されることが多い。扇状地は山地の崩壊した土砂が、大きな洪水によって押し出され、平野に堆積してできた地形である。
 河川が扇状地を形成することは、後背に急峻な山岳をもつ富山の河川の源流域に、大規模な崩壊地が数多くあることを示している。富山の河川は、河川勾配が大きく、急流をなして流れることに加えて、大量の土砂が常に下流に供給されることを特徴としている。
 下流地域の安全をはかるために、最上流部では大規模な砂防工事が行われている。明治39年に始まった常願寺川上流立山カルデラ内(湯川)の砂防工事は、現在も続けられている。山地の崩壊も自然現象のひとつであるが、砂防工事は山がなくならないかぎり際限なく続けなければならない宿命を負っているようにみえる。しかし、この荒れた湯川にもイワナが生息しており、自然の力の大きさを感じさせてくれるが、多くの源流域の谷では、砂防ダムが連続して建設され、魚の生息できる環境は失われているのが現実である。
 砂防また治山と呼ばれている工事は、土砂の流出を抑え、山腹を安定させるために行われる。山腹に原生林などの植生があれば、崩壊も少なくてすむはずであるが、原生林は伐採され、保水力の弱い杉などの樹木が植林されている。また、伐採のための林道がつけられ、崩壊を助長することになる。砂防工事のための道路建設も、一方では崩壊を助長していることになり、何をしているのか分からなくなる矛盾をかかえている。
 源流からやや流れ下り、流量も大きくなると、取水や貯水のためのダムが建設される。この種の大規模なダムの建設には、多額の費用がかかるため、利水と治水をかねた多目的ダムとなることが多い。しかし、治水と利水の兼ね合いは難しく、主目的を利水に置くダムでは治水の目的を達しないようである。
 このことを黒部川の出し平ダムと建設中の宇奈月ダムを例に考えてみよう。両ダムとも、土砂の流出の大きい黒部川にあって、世界でも初めての排砂構造を備えたダムとして設計された。出し平ダムは関西電力によって発電を目的に建設されたダムで、すぐ下流に建設中の宇奈月ダムは、建設省による洪水調節を主目的としたダムである。
 距離をおかず二つのダムを建設することは、利水と治水が同時に成り立ちにくいことを物語っている。発電用にはできるだけ水を溜めておく必要があり、洪水調節のためにはダムをできるだけ空にしておくことが望ましいからである。
 問題は、ちょっとした洪水でも土砂がダムに流入し、ダムの貯水機能を損なうことにある。排砂装置はそのために作られているのであるが、実際に排砂をしてみると予想外のことも生じて、排砂方法等の検討がなされている状況にある。
 大規模ダムは魚類の移動を妨げる構造物であり、漁業に与える影響は大きい。また、ダムの上流に出現するダム湖(湛水池)は、河川の途中にあって、流れのほとんどない止水域となることから、流れのあることを特徴とする河川とはいえない特殊な環境を形成することになる。富山を代表する急流河川として有名な黒部川も庄川も、大規模なダムの連続する河川としても名高い。
 富山県の多くの河川では、山地から扇状地へ流れ出る所に取水用のダムが作られている。農業用、工業用、上水道用等を兼ねたものが多く、そのため合口(ごうくち)ダムと呼ばれる。河川流量に対する取水量の割合は大きいが、歴史的な重みをもつ水利権によって調整されており、川に水を戻したくても戻せない状況にある。そのため、早月川や常願寺川のように、渇水期には取水ダムより下流に水のない河川もみられる。
 平野への入り口で多くの水が取水されるため、どの河川も平野を流れる流量は小さい。また、平野には多くの人が住み、工業や農業など活発な経済活動を行っている。人の生活にも、経済活動にも水は欠かせないものであり、使用された後の水がようやく河川へ戻される。
 水の使用量の比較的少なかった時代には、河川の水質の汚濁もまだ深刻な状況ではなかったが、高度経済成長の始まった昭和30年代後期から、次第に深刻な状況となり、昭和40年代の公害問題へとつながってゆく。この時代、富山県は公害デパートと呼ばれ、河川の水質の汚濁もその一翼を担っていたことを忘れてはならない。
 河川の水質の汚濁は、その後の懸命な努力である程度克服され、現在に至っている。現在は工場排水よりも、トイレの水洗化にともなう下水処理の問題が顕在化してきているが、都市部にあっては下水道と終末処理場が、農村部にあっては集落下水処理場の建設が進められて、改善されつつある。しかし、河川に清冽な水の流れていた時代とは、比較にならない状況であることは認識しておかなくてはならない。特に、富山市や高岡市のような大都市の排水を受け入れている神通川や小矢部川の水質は、魚の眼からみればなお改善の余地があるにちがいない。
 また、平野を流れる河川は、流路ができるだけ直線的につけられ、破堤を防ぐためのさまざまな河川改修工事が行われている場所でもある。これらの工事は、大きな淵を消失させるなど、だいたいにおいて魚の棲みにくい方向へ向いている。
 以上、河川の上流から下流まで、現在生じているさまざまな問題を、川に棲む魚の観点から捉えてみた。川が魚の棲みにくい環境に作り変えられたのも、人が快適に生活することを優先させてきた結果であることを理解しなければならない。人がこの先もさらに快適な生活を求めるならば、河川の環境はますます魚の棲みにくいものとなってゆくであろう。
川を蘇らせるには
 現在の河川は、さまざまなタイプのダムで分断され、河道は直線的で一定の勾配をもつように修正され、また水が抜かれ、その結果としてありとあらゆる排水を受け入れて、海へと流れ出ている。いずれも人の生活と関係の深いことがらである。河川に対する人の生活の影響はきわめて大きく、そこにはもはや本来の自然など存在しないようにみえる。
 しかし、治水は完全なものではなく、源流域に集中豪雨や長雨があると、人々の生活を脅かす破堤や洪水などの水害が繰り返されているのも事実である。水害は困るけれど、洪水も自然現象であり、洪水の時々起こることは、河川の自然を再生する機会ともなっている。魚類を含め河川に生きる生物は、渇水や洪水などがくりかえされる自然のサイクルの中で、生き続けてきたもので、それによって絶滅することはなかった。
 この自然のサイクルを無視し河川環境を人為的に作り変えようと努力している現在、河川に棲む多くの生物が消滅しつつあるのも当然のことであろう。多種多様な生物で満ちあふれた河川を蘇らすには、河川は人工物ではなく、自然そのものであることを、まず認識するところからはじめなければならない。
 地球の自然環境を支配している究極の存在は、太陽のエネルギーであり、人力では制御できないものである。人は自然を破壊することはできても、再生させることはできない。自然の再生は、自然そのものにゆだねるしかなく、人はほんの少しだけ手助けできるだけである。そのためには、自然の破壊をやめ、長い時間をかけて、自然がゆっくりと再生してくるのを待つ度量が必要である。
 河川の自然もその例外ではない。河川本来の自然を完全に復活させるためには、ダムをはじめ人工的な構造物を壊し、取水をやめ、汚水の排水をとめて、なお多くの時間をかけなければならないであろう。これは現代人のライフスタイルを否定し、50年から100年前の状態へと戻すことを意味している。
 もちろん時間を逆行させることはできないが、自然を食いつぶすことで成立している現代人の生活の矛盾、つまり「自然を食いつぶしてしまえば、生活は成り立たないことになる」ことを理解しなければならないだろう。ここに自然を再生させる必然性が生じる。
 河川の自然を制御して、水害をなくす努力は必要であり、水という資源を有効に利用することも欠かせないことである。しかし、目先のことに囚われて必要以上のことをやり、自らを窮地に追いこんではいないのか、たえずチェックしながら進めなければならない。どのようにして河川に自然を残すのか、また破壊された自然をどのように再生させるのか、常に心にとめておく必要があろう。
 「川よ蘇れ」というテーマは重く、川の自然を壊すことで成立している現代人の生活と矛盾するものであることを強調した。川を蘇らせるには、人々がまず自らのライフスタイルを変革する努力をしなければならない。人が自然と調和して生きてゆくライフスタイルを確立した時に、はじめて川は蘇るであろう。
 現在、「自然にやさしい川づくり」また「多自然型川づくり」が行政主導で進められている。これらの事業は、河川の自然の再生のための出発点として位置づけられるが、それだけで川が蘇るとは思えない。川を蘇らすことは、人々の多くが自らの生活を変革し、河川の自然を再生させることによって、実現することであろう。
 自然と調和した生活を営むことは、地球の生態系の一員として、人類が生き延びてゆくためにも必要なことがらなのである。
(たなか すすむ・富山大学教授)
−平成9年3月8日放送−
※ 著者の役職名は、放送日現在のもので表示しています
お問合わせ お問い合わせ
富山県民生涯学習カレッジ本部
 Tel 076-441-8401
 Fax 076-441-6157
リンクの際は、こちらのURLをご利用ください。
 トップページへ  このページの先頭へ   前のページへ