2018年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

富山県民生涯学習カレッジ本部 TOP > テレビ放送講座 テキスト一覧  >  テレビ放送講座 テキスト詳細

テレビ放送講座 平成10年度テキスト「第7回 住まいの歩みとこれから」


 富山県民生涯学習カレッジ本部   '99/02/27

TOP 第7回 富山の近代建築史 稲葉 実

風雪を刻んで 〜富山の住まいと暮らし〜大変動の潮流のなかで得たモノ  失ったモノ
 明治の開国(1868年)以来、今年で満130年。欧米風に言えば世紀末を迎え、日本の暮らしも住まいも大きな転換期にさしかかっている。その背景は、地球規模の情報化がもたらした多様で個性的な生き方とか、それまでとはまったく違った核家族化への大きな流れのなかで、日本独特の生命力を失った少子高齢社会に行きあたってしまったからだ。
 かつて、山間僻地から都市部への人口流出が、その地域の過疎や廃村につながって、大問題となった。最近は、中心市街地の空洞化が大きな問題となっている。公共による都市基盤が整備されたにもかかわらず、今度は郊外の新興住宅団地への人口移動である。
 太平洋戦争の傷もいえはじめた昭和30年前後、健康な地域社会をつくるキーワードとして職住分離論が出現し、もう一つ、人間らしい確かな暮らし様としてプライバシーの尊重ということから就寝分離論がさけばれた。
 結果、住まいのなかに障子やふすまにかわって、壁と扉がセットで割りこんで、夫婦の寝室や子供室の独立を促した。そのこと自体けっして悪いことではなかったのだが、新しい生活ルールをつくらないまま、その装置を持ち込んでしまったことに問題があった。同じようなことが、住宅の外周にもいえる。密集市街地は別として、郊外に住宅地を得た人たちは、そこを自分のものと確認するためか、防犯や防災とはかけはなれた意味不明のハンパな囲いを構築していった。
 これらの行為が本能的か、または、だれかに刺激されるままやってしまったか、結果は、前者はそれまであったアットホームをこわし、後者は地域社会の連帯を寸断する結果となった。今日のイビツな日本の活力の源泉とコミュニティーづくりのむずかしさの遠因が、どうもこの辺にひそんでいるような気がしてならない。
 いずれにしても、核家族化への潮流は日本国中、津々浦々へ急激に浸透し、その風景は国民の目覚めと同時に国力がついてきた証しでもあった。家のかたちでいえば、それまでの常識であった接客本位のつくり様から、本当の意味での住まいづくりへと急旋回して行ったことになるのだが。一方このニーズを飛躍させた背後には国家の繁栄と軌を一にして、住宅産業の急激な成長を見逃すことができない。産業化の初期段階では、その後の新興住宅団地の隆盛がイメージされていたかどうかわからないが、結果は今日の住宅産業の成熟ぶりを見れば一目瞭然である。
 反面、陽当たりがあれば日陰ができるのも自然の理である。独立していくたのもしい若者たちのあとに残った親には、一息入れる間もなく、定年退職が待っていた。人生50年時代はとっくに終わり、今日では男女平均80年の人生が待っているのである。実に長い余命だ。この残り時間も現役時代同様といわないまでも、元気に暮らすことを願わない人はないだろう。
 建築界でいいだしたプライバシーの尊重というヒューマニズムの一断面が、多様な個性とそこに内在する価値観の多様性を認めるという、人間中心の思想で家づくりも地域づくりも、そして国づくりまでも右肩上がりのまんまで、今日までやってきた。実に手応えのある時間帯を経験させてもらった。
 しかし、ここ世紀末にきて、人類の夢だったかぎりない右肩上がりの発展は、にわかに赤信号に変わった。なぜなら地球資源の有限が証明されたからである。20年程前、ローマクラブが発表した地球有限説が、世紀末という臨場感と、これを裏打ちするような出来事(ソビエト連邦の崩壊や中国の改革開放、そして東南アジア諸国の急激な近代化等々)が次々に起こったことによって、価値観の大変換という気分を増幅させている。
 気がついてみれば、新世紀への期待もさることながら、この世紀を生きた人類は、大変動の時代を必死で泳いできたことになる。その渦中にあって、自分自身を見失った人もいれば、かしこい人は別にして、なにかをきっかけに自分を発見した人もあろう。筆者などは右往左往しながら、かろうじて後者に入るかもしれない。
 建築の単体も、その集合である集落や街並みも、良くも醜くも、そこに住む人びとの時代を生きる様を、正直にかたってくれている。もう一ついえることは、その正直な景観には、多様な時代の多様なその土地の気分を、同時平行して刻み続けているということである。だから、その生き様に緊張感もただようのである。
 大変動の世紀の、混沌の風景は日本ばかりでない。地球上どこへ行っても見られるのだが、おもしろいことに住宅建築を見るかぎり、土着の風土とか、それによって培われた、気質のようなものがどこかにかならず組み込まれている。
 最もわかりやすい例は、沖縄に見られるシーサーだ。住む人びとの一人ひとりの願いと祈り、そしてトータルに情緒安定のための装置らしい。わが富山の仏壇と近い関係にあるかもしれない。残念なことに各地に確実に遺伝子のように残っていた神聖な精神性が、ここにきて急激に風化しはじめているのである。なにが問題なのか。
情報化の進展とグローバル化の進展はいまや宿命的命題か
 このテーマの大半は竺覚暁先生の稿にゆだねるとして、私は国際交流がもたらす家づくりやまちづくりについて少しふれておきたい。
 通信衛星が打ち上げられ、実用化が始まって久しい。世界中の映像が、リアルタイムで茶の間に飛び込んでくる。また情報通信の発達は、外国語がまったく不得意な私のようなものでも、少しの時間差があればなんとかやりとりが可能になったし、まして携帯電話は時と処を選ばず、どこへでも割りこんでくるからたまったものではない。いわゆる情報化時代のテーマが、良くも悪くもここに浮かびあがってくるのである。
 グローバルスタンダードとかグローカル化(グローバルに発想し、ローカルに行動する)といったことが、言葉としてではなく現実の問題として社会に顕在化してきた。ここに建築や街のつくり様も、地球規模の変化に組み込まれ、グローバルスタンダードという力の論理と人類共通の感性によって、大きくかわっていくことはまちがいないだろう。
 ICCA(国際職藝学院)ではいま地方の遺伝子を大切にした未来住宅の建設にとりかかっている。実験中のPRH(完全リサイクルハウス)は、多世代同居とか在宅勤務が可能になるような部屋取り、そして建築資材のリサイクルがどれほど可能になるか、などに挑戦している。この実験住宅は、日本の伝統的な床座と、欧米から入ってきた椅子座を併用しつつも、後者に重点をおいた板の間の多いつくり様となっている。これは、すでに生活空間の国際化というか、住み手が自覚しないうちに欧米の生活様式を多く取り込まざるをえなくなってきている証しである。
 私達日本人もそうであったように、人間の感性にてらして良いものは国境を越えて誰にも通じるということか。
サスティナブルデザインとエコロジカルデザインについて
 先にもふれたが、ローマクラブによって警鐘されたように、人類があまりにも地球を浪費した末に出てきた反省の言葉が、この二つの概念のようである。持続可能な人間生活とはまさに人類が人類になげかけたテーマである。これを聞いている地球は、苦笑しているに違いない。お前たち人類こそ地球上からいなくなるか、もっと以前のようにつつましくやっていてくれれば、そんなまわりくどいことをいわなくてすむんだ…と、たぶんそう言うだろう。
 日本はいま少子高齢化時代に入ったといわれている。1997年に発表された人口動態統計によると、合計特殊出生率が史上最低の1.39ということで、今後この出生率が続けば、百年後の日本の人口は現在の3分の1ぐらいになってしまうらしい。
 そうなると、日本社会は持続できなくなってしまう。問題は、多くても少なくてもたちゆかなくなる日本社会を、地球規模で常に検証し、たちゆくようにしていかなければならないということだ。
 シナリオは共生か寄生か、建築界の鬼才藤森照信氏の提言によれば、人間は自然と共生するのではなく、自然につつましく寄生していくこと、そして、人間のつくった都市には、自然が立派に寄生できるようしむけていかなければならないという。彼のいいようは、かつて日本人の心根のなかに、やさしくつたわっていた願いを言いあてているのである。それは知恵ある人類だからできることだし、持ち家を旨とする富山だからやらなければならないテーマだと思う。
 混沌の世紀を生き抜いてきた郷(さと)の風景は、たのもしくもあり荒れてもいる。藤森氏が言うように、人間が自然につつましく寄生したり、逆に、自然が人工に寄生してもらったりするということは、もっぱら人間の心根の問題なのだろう。
 かつて、在日米国大使だったE・ライシャワー氏の言として聞いた話だが、日本人は美しいものに敏感だが、醜いものに鈍感だ! と言って不思議がっておられたという。私自身この話を聞いたとき、一言の反論もできなかった。それからかなり時間がたった今日も、民族の共通の感性が問題なのかもしれないと思うようになっている。
 再生成った高岡山瑞龍寺を見せてもらった折、瞬間、「やった!出来た」と思った。積年のE・ライシャワー氏からの宿題が出来ていたのだ! 本気でやればできることを私たちに教えてくれた瑞龍寺復元であった。
再び集住のときがやってくる
 市街地の再生や集落の再生は、瑞龍寺のようにやれないものだろうか。仏様がお住まいになる瑞龍寺と、人間が住む郷を混同しては罰当たりというものだろうか。足跡があり手あかがついていて、生活の臭いがあり、昼夜をとわずいつもどこかで老若男女・喜怒哀楽の声がする。そんな町と集落の再生が、新世紀の大きな課題となる。
 プライバシーの尊重という概念は、戦後民主主義の産物として生まれた概念だが、最近ではみんなで渡れば赤信号もこわくない! とか、カラスなぜなくの?カラスの勝手でしょ! など、今この時代の気分として、いびつに板についてしまった民主主義感がある。
 このような社会風潮を元に戻すことは至難なことだ。しかし、一気にもどせないまでも、面舵一杯、徹底したリサイクル手法の確立や手応えのある省資源手法で、再び人間が助け合う集住を考えないと、人類の余命はかけがえのない地球によって拒否されるにちがいない。
 幸か不幸か、この世紀末の不景気風は、地球規模で吹きはじめている。新世紀を担う若者たちのためにも、世紀末の厳しい現実を体感させておくのも大切な親心かもしれない。
省工ネと集住化のすすめ
 富山は、持ち家率と家の広さ日本一。住まいの豊かさを誇る県民性に支えられて、親たちが精魂こめて建てた日本一すばらしい我が家なのに、若者たちはおいそれと帰ってこない。親子でも価値観の共有ができないのである。ICCAに通学してくる学生をつぶさに見ていると、驚かされることが多い。先生方よりはるかに高価な車を乗りつけ、意気揚揚。入試の折に、親や学校と約束した大切なことなど入学と同時にすっかり忘れる。要するに社会との関係はその場しのぎなのだ。
 こんな彼らも、適度な間合いと、各々の人格の尊重というごく基本的事柄を整理してつきあってみると、意外とすばらしい資質をもった人たちなのでびっくりさせられる。
 こんなことをヒントに自信を持ったと言えば言い過ぎになるかもしれないが、新世紀の地球に寄生し永住していかなければならない人類の住まいと暮らしは、近親者といえども一つ屋根の下ということではなく、適度な間合いを保ちつつ、平面的かつ立体的構成に留意しながら、老若男女集住を主とすべきではないかと思いはじめている。しかも、その目標は生活基盤が準備されている既存市街地にである。
 私はいま生命力をなくした富山市の中心市街地の一隅で、都市の生体を再生するための再開発事業に挑戦している。かってマチといえば、人がいきいきとかっこよく住むところだった。ひと昔前まではこんな生態はどこにでもあるごくあたりまえの風景だったのに、当節では、とてもむずかしいテーマというから不思議でならない。それだけ世の中の気分が変に自信を失ってしまったということか。問題はお互いにどこで生活しようと、自尊心の持ち様ではないかと思われる。その裏付けとして、再度老若男女が混住し、子育ても老後も安心して暮らせるマチの骨格(スケルトン)の再生を急がなければならないと思うのである。
(いなば みのる・三四五建築研究所代表取締役)
−平成11年2月27日放送−
※ 著者の役職名は、放送日現在のもので表示しています
お問合わせ お問い合わせ
富山県民生涯学習カレッジ本部
 Tel 076-441-8401
 Fax 076-441-6157
リンクの際は、こちらのURLをご利用ください。
 トップページへ  このページの先頭へ   前のページへ