■視聴覚教材の検索

ご利用いただける視聴覚教材は、こちらから検索できます。


2018年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

富山県映像センター TOP > とやまの文化財百選(お城)一覧  >  とやまの文化財百選(お城)詳細

No.5-000 7 越中のお城年表 - とやまの城


  '10/03/25

とやまの文化財百選「とやまのお城」 とやまの文化財百選「とやまのお城」
西暦元号越中の動き
1336 建武6 南北朝の対立が始まり、山城が造られはじめる。
1467 応仁元 応仁の乱が始まる。越中の国人の対立も激化
1481 文明13 福光城主石黒光義らが、瑞泉寺の一向一揆と田屋川原で戦い、敗北する。
1493 明応2 前将軍足利義材が守護代神保長誠を頼り下向
1506  永正3 越中の一向一揆が活発化する。越後守護代長尾能景が芹谷野で一向一揆に破れ討死する。
1516 永正13 神保・椎名氏が越後守護代長尾為景を破る。
1520 永正17 越後守護代長尾為景が新川郡に進攻し、新庄城で神保慶宗・遊佐・椎名・土肥らを討つ。
1543 天文3 このころ、神保長職が富山城を築く
1544 天文4 神保・椎名両氏が和睦し、神保氏の支配地域が常願寺川左岸以西となる。
1560 永禄3 越後の上杉謙信が越中に進攻し、富山城の神保長職が増山城に退き、逐電する。
1563 永禄6 この頃、飛騨の江馬輝盛が中地山城を築城して上杉方と結ぶ。
1568 永禄11 上杉謙信が越中に進攻。椎名康胤が武田信玄と提携して勝興寺に味方する。神保氏被官寺島職定が武田方と結び中知山城へ強く働きかける。
1569 永禄12 上杉方が椎名氏討伐のため、松倉城を包囲
1571 元亀2 上杉謙信が富山城を攻略する。上杉方にいた飛騨の三木良頼の家臣塩屋秋貞が猿倉城を築く。
1572 元亀3 上杉方の神保氏が拠った日宮城が一向一揆勢により落城。謙信が一揆衆のこもる富崎城を焼く。
1573 天正元 上杉謙信が一向宗のこもる富山城を攻め、神通川以東を制圧し、一向一揆勢を一掃する。
1576 天正4 上杉謙信が増山城・森寺城など落城させ、越中を制圧
1578 天正6 上杉謙信死去により、織田信長は神保長住に飛騨経由で越中への入国を命じる。信長方の斎藤新五と上杉方の河田長親が月岡野で戦う
1580 天正8 織田信長が佐々成政を派遣し、神保氏を援助
1581 天正9 信長が成政に越中支配を命じる。成政、神保長住らが砺波一向一揆勢を攻撃し、瑞泉寺顕秀が上杉景勝の援助を求める。瑞泉寺、安養寺が織田方の攻撃により陥落
1582 天正10 信長が富山城の神保長住を越中より追放。成政が上杉方の魚津城、松倉城を攻撃
本能寺の変により織田信長死去。その後、弓庄城の土肥氏、城生城斎藤氏が上杉景勝と結ぶ
1583 天正11 佐々成政が弓庄城、魚津城を攻め、越中を平定
1584 天正12  佐々成政が能登末森城を攻め、前田利家に敗北
ザラ峠越えで徳川家康に救援を求める。
1585 天正13 豊臣秀吉が富山城の成政を下し、前田利長に婦負、射水、砺波郡を与える。利長は守山城に入城
大地震で木舟城が倒壊
1587 天正15 豊臣秀吉により、佐々成政が肥前に転封。新川郡は前田利長の預地となる。
1597 慶長2  前田利長が守山城から富山城へ移る。
1609 慶長14 富山城が焼失したため、利長は一時魚津城に居住し、その後高岡城を築く。
1615 元和元 徳川幕府が大名の居住地以外の城郭の破棄を命じる(一国一城令)
1639 寛永16 富山藩初代藩主前田利次が富山に入城する。
 

リンクの際は、こちらのURLをご利用ください。
 トップページへ  このページの先頭へ   前のページへ